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第3話  

帰る途中、聡は少し疲れた様子で眉間を揉んだ。

重要なことを成し遂げたはずなのに、なぜか心が落ち着かない。

何かを思い出したのか、彼はスマートフォンを手に取り、lineを開いた。

細長い指が私とのチャット履歴に止まった。

そこには、まだ私たちのケンカの記録が残っていた。

一ヶ月前、聡は突然、私と結婚したいと言い出した。

実は私が成人した頃から、私たちは同じベッドで寝ていた。

それでも、これまで聡は私を彼女として認めたことは一度もなく、外ではただ「妹」としてしか紹介されなかった。

結婚の話なんて、もちろん一度もなかった。

そんな彼が急にプロポーズした。

思い返せば、私にとってそれは人生の中で数少ない喜びの瞬間だった。

しかし、次の瞬間、彼の一言が私を奈落の底に突き落とした。

「俺と結婚するには条件がある。

お前の腎臓を一つ、葵に提供してくれ」

篠宮葵、彼が何年も心に強く残っている女性。

その時、私はどうやって手話で伝えたのか、今でも覚えていない。

気がついた時には、すでに断っていた。

そして聡は激怒した。

私たちは大きな喧嘩が巻き起こった。

「夕星、お前はいつからこんなに自分勝手になったんだ!

お前は葵に唯一適合する腎臓の提供者なんだ。信じてくれ、俺はこの分野の最も優秀な医者だ。お前たちを危険にさらすことはない」

私は手で必死に、腎臓を提供できないことを伝えた。

だが、彼は失望し、私を突き放した。

「夕星、お前には本当にがっかりだ。お前にとってはただの腎臓一つだろ、葵にとっては命がかかっているんだ!

お前はお前の冷酷な父親と同じだ。おぞましいよ。お前は本当に死ぬべきだ!」

そう言い捨てて、聡は振り返ることなく部屋を出て行った。私がどれだけ必死に手で伝えても、彼は一度も振り返らなかった。

だから、彼は私が手話で示したその言葉を見ていなかった。

ごめんね、聡。私は手伝いたくないわけじゃないの。ただ、私も一つしか腎臓が残っていないから。

私はどんなにプライドを捨てても、生き続けて彼のそばにいたかった。

私が死ぬまで。

でも今思えば、たとえあの時聡が知っていたとしてもどうしようもなかった。

たぶん気にしないだろう。

最初から最後まで、彼は私を憎んでいたのだから。

なぜなら、私は一応、彼の母親を死に追いやった仇だから。

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